アウシュヴィッツの歩行


Auschwitz Walk

舞踏譜

アウシュビッツ。
分離から腐敗へ、幽霊、ソロモン王宮へ。

今、溶鉱炉から、扉を開けて出てきた。
手は足に、首は胸に背中に癒着している。
溶鉱炉から出てきた20体もの肉塊。
癩、叫び、癒着した肉塊の中に 骨だけは白く植わっている。

今、扉が開いて、 20年間の暗黒から はじめての外光に触れた。
アウシュビッツはその光の中で 脆くも崩れていく。

たった今、癩の都から戻ってきた癩患者、 アウシュビッツがその顔に 白粉を叩いて出てきた。

そこに最初の季節がやってきた。
旋回する幻、見たこともない季節、 骨と肉の分離、 内臓は身体の外にぶら下がっている。

あの叫びは何処へいった。
ただ髪の毛と爪だけが 人格と関係なく伸びていく。

世界はすっかり変わっていた。
触覚と粒子の世界へ。周りの草は蒼ざめている。
細い剃刀の上を歩いていく。石の中の馬車。
足元から虫が這いあがってくる。

壁に塗り込められた人

空間の昆虫。ポロポロと粒子が崩れる。
それは空間に浮かんだ一匹の昆虫。

カサカサに乾いている内臓、 そこに一匹の虫が薄い紙の上で カサコソとダンスを踊っている。

細かい粒子でできている一匹の虫、 そこにアウシュビッツが重層している。

ちょっとでも触ると ボロボロに崩れてしまいそうな、 触覚と粒子だけでできている人がさまよう。

額の屏風、ガラスの切断面、旋回する幻。
何万ボルトの電流の中を歩いていく。

顳かみからいましも鳥が飛びたたんとする。
舞い上がる木の葉、落下する木の葉。

そしてその底辺に降り立ったまま、 頭蓋の中を凝視せよ、 水晶の中を透視せよ。

唇から外は空である。

断崖、塀板、頭蓋の中を凝視せよ、 一切の闇、一枚の羽も許すな。

私の身体の中を今機関車が通過した。
私は孤独な枕木だ。

頭蓋の中に木の葉がハラハラと落ちる。
身体はやや沈むだろう。

すると何処かで スプーンのぶつかる音がカチン。
その音の行方は、 奥歯を吹き抜ける隙間風であった。

身体はやや伸びる。
すると指先に目が付いた。
指先の節穴。 手は手の迷宮を営んでいる。
指の共和国での出来事。

何処までも何処までも伸びていく人さし指。

それが極限までいったとき 耳の中にタンポポがポオッと咲く。
口の中にもタンポポ。
気化した人がそこにいた。

解説
溶けて癒着した不定形な重い肉の塊がだんだんと落ちてゆき、神経のみがあらわとなり、ついに塵となって空間に消えていってしまう。
関連舞踏譜
解剖図鑑の世界人間の身体が腐り、崩れてゆくプロセスを踊るとともに、人間としての根拠をも失ってしまう。
ソロモン王宮
解剖図鑑の世界F.ベーコンの描く人物たち。身体を全身ゴムの材質に変えて、伸びたり縮んだりさせてみる。いろいろな時間がそこにあるのが分かってくる。
ゴム